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4-15[仮想プラン]中央通り”緑道化”計画

2018年02月03日

     -  おことわり
     -  
     -  「 都城まん中が公園 project 」 は、私 Kashiwa★da による個人的思索による街づくり計画案です。
     -  ・・・
     -  文章によるだけの概念的なものでは充分な伝達が困難だと考えますので、
     -  現実の都城の地理を利用して、私の欲する 「 都城 」 の将来の街景の絵を紡いでいきたいと思います。
     -  その為の手法として、規制をせず地図上のあらゆる敷地に勝手なプランを描くこと、
     -  この時に権利関係、法規関係、金銭関係等は無視してしまうことをお許し願いたいと存じます。
     -  
     -  読んで下さった方で、何か感じ考え思うこと等何でも教えて頂けると助かります。
     -  ※最終形が決まっている訳ではありません。その都度修正しつつ Version をアップしていく考えです。



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● Version 008 : 中央通りを”緑道公園”にする < Block-D~G >

中央通りについては、以前の記事でその役割と意義の変遷を振り返り、
2017/03/17
1-3:中央通りの役割、意義の変遷をおさらいする
中央通りから人の気配がなくなってどの位の年月がたったのだろうか。都城を長い間離れていたためにその変遷にまったく疎いことを知る。・・・私が都城を離れた当時は、まだ大丸、寿屋、ナカムラと健在で歩道は人々で溢れていたから尚更だ。 ・・・・・・ ・・・・・・さて、先に都城の江戸・幕末時絵図…
高度成長期に相乗効果をもたらした「幹線=繁華街」という構造も、現在では逆にその構造が足かせとなってしまい、将来への活路を阻害しているのではないかと疑問を呈した。以前からのそんな思いから、改めて中央通りへの再生ビジョンとして「修正3項目」を記したのが、こちら。
2017/01/18
4-13[仮想プラン]都城の再生ビジョンを再考する : 修正3項目
記事は、まず拠り所になるであろう要素や他所の参考例などを挙げたのちに、     -  それらに基づくプロジェクトを都城の街に仮想するという過程を取っています。     -  が、・・・     -  …

取りあえず、私のその都城再生に向けた「修正3項目」戦略ビジョンをここに再掲しておきたい。

 ● 中央通りを完全改造、未来の核もやっぱり昔の核の街
  - やはり人を取り戻すにも地政学的にもここがしっかりしないとダメ。生まれ変われ!
 ● 霧島・高千穂の峰を自然と文化から仰ぐ街
  - 高千穂の峰の美しさをもっともっとピックアップしなきゃもったいない。天孫降臨したんだぜ!
 ● 弓の街、「弓道やるなら みやこんじょ」の街
  - 他のどこになもい、都城が本当に自慢できるものってこれでしょ!

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今回はその中で、街の中心地として再び活力を取り戻す為の 「中央通り」再生 の具現化である。

  - ビジョンに掲げた通り、完全改造の目論み。荒唐無稽と笑いたければ笑え、の心意気で。

既に地方都市に於いては、私たちの「街・繁華街」での消費行動は20年前と言わず10年前と比べても大きく異なった形態へと大変革が起きてしまった。それは、物販にしろ飲食にしろ消費活動の集積地であったかつての「街・中心市街地」がその役目を失ったことを意味している。
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一時、車社会絶対主義に塗れた時に私たちの消費行動は「バイパス路線商業地」に重心を移したかにも思えた。が、私たちの欲望は、変化し続ける利便性人間本来が持つ情緒渇望の二面から、その代替されるかに見えた都市構造をも軽々と乗り越えてしまったようだ。

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以前の記事でも述べているが、都城の「街・繁華街」であった「中央通り」は今や全くのバイパスと化してしまっている。「バイパス路線商業地」ではない。本当の、ただのバイパスである。シャッター街と更地に挟まれた通りを車だけが盛んに通り抜けている。
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また以前に、10号線の高速インターに至る「沖水地区」を副都心化(サブシティ構想)するような話を聞いた気もするが、現状は「バイパス路線商業地」の見本のような状況から抜け出せていないと言っていいだろう。

  - もはや機能しなくなった「幹線=繁華街」と「バイパス路線商業地」に共通するやっかいな問題は、
  - 道に人影が無いということだ。車がどれだけ行き来しても人の往来の無い処に活気は生まれない。
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  - 気になって、都城の中心を縦断している10号線を甲斐元から太郎坊まで歩いてみたのだが、
  - 悲しいことにすれ違った人は10人にも満たなかった。これが現実である。


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ふと振り返れば、私の「中央通り」体験の99%は10代の頃のものであることに、今更ではあるが思い当る。そうなのだ、「街・繁華街」には大人だけではなく”車を持たぬ”大勢の子供も跋扈(笑)していたのである。

  - 商店街の衰退した原因の要因として「駐車場問題」が取りざたされて来たが、
  - その問題だけに縛られると、「街・繁華街」が有していた大切な意義・役割を見落とすように思える。


その対策案として、もうすぐ移転開館する「図書館」が「中央通り」に設けられたことは大きな一歩課題はその後に何が続くかであろう。既に述べたように、消費活動復権を求めてかつての「街・繁華街」回帰を目論んでも、それは元の木阿弥となることは必至だ。何よりも「街床」となる街の設えが欲しいところ。それは、特定の人の願いではなく全市民の切実な願いに繋がるものと信じる。

  - 「街床」は「漁礁・魚床」を転用した造語。

このことは、以前に同様趣旨の考えを「DASH海岸に想う」として記事を上げた。荒れ果てた海にいきなり魚を放しても、それは野暮と言うものだ。まずは「床」作りなのだ。
2013/06/08
5-1 「DASH海岸」 に 「街づくり」 を想う
皆さんは 「DASH海岸」 をご存知だろうか?・・・ヘドロが溜まり魚も住まなくなった小さな一港湾を 本来の江戸前の海に戻そう、というTV番組である。…

大都市ならいろいろな手を考えられるだろうが、地方都市で出来ることはそう多くない。特に建築施設的な解決法は「街床」には縁遠く、また闇雲に過ぎ無鉄砲極まりない手段に思えて仕方がない。
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先に街再生を考えるに当って、大人への視点だけではなく子供の関わりも大事だと記した。大人も子供も集う「街床」に成り得る「街の設え」は何だろう?と考える。

結論、地方都市の現状から「公園」しかない。「街床」として、これ以上の設えは考えられない。


 
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もう8年も経ったのか、パリのシャンゼリゼ大通りが全面、緑道になったことがあった。

   
   ● Google 画像検索 「2010 シャンゼリゼ 緑一面」 ※クリックで「Google検索ページ」を開きます

いやぁ、これを見た時は嘘だろう?!?と思ったものだ。今、考えても信じられない。

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ところで、数年前に本駅の東にある地下道で高校生二人組がギター抱えて演奏やっていた処に出会ったことがある。ストリート・ミュージック、大都市では街中の駅前広場や歩道で四六時中見かけるが、地方都市で見かけることは少ない。人(観客)もいなければ、場所もないことが考えられる。
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また、これも暫らく前のこと、小さな脇道で一所懸命にスケボーをやっていた少年を見かけたことがある。近年盛んになったこのようなストリート・スポーツの場も大都市では特設の場が作られてきているが、地方都市では影が薄い。
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更には、まだ学校に上がらぬ幼児たちが楽しめる施設が数々用意されているのが大都市ならではの力だ。街中に、遊園地がある。動物園がある。植物園がある。一面芝生の走り回り寝転がれる公園がある。ここで大事なのは「空間を消費する」ということではなく、「時間を消費する」という考え方

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重ねて申し上げるが、地方都市に欠けているのは、この「時間を消費する」という概念
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思い返してもらいたい。「街・繁華街」は消費活動の場だけではなかったはずである。そこには、その町ならではの文化活動があった。果して、「街・繁華街」がその町の文化発信地、醸造地であったことの意義が失われていることこそが、現在の「街・繁華街」の最大の課題であると言ってもよい。


「図書館」があって、そこに老若男女、市民皆の課外活動が絡んでいく「公園」を繋げる。そして、これはまた緑の少なくなった街中の自然環境をも醸成する仕掛けでもある。

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※ おそらく10号線の車交通をどうするんだ?の声があがるはずで、そのことは補足記事を次回に。

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※  「 Block 図 」 はこちらの地図を参照

   
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