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2017年06月16日

水流百景・番外編001 / 醒ヶ井(米原)


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



   ● ● ●


思っている以上に、日本のあちらこちらに水のきれいな地が数多あって驚いてしまうのだけれど、
観光気分半分、参考地勉強半分でそういった場所を訪れてみることはなかなかに楽しいものだ。

 ・・・・・・

さて、ここは琵琶湖の東北に位置する米原からちょっと内に入った処にある 「醒ヶ井」 だ。
訪れてみると実に小さな集落である。しかし凡そ 1km 程の地蔵川の清流に心を癒されること確実である。

流レの中に咲く花 「梅花藻」 で有名なのだが、私が訪れたGW中はまだ時期が早すぎたようだ。
見頃は今から8月一杯のようだから、自分の眼で見たい人はこの夏あたりどうだろうか。

   ● 滋賀県観光情報観光 > パンフレット > 醒井湧くわく街道図 (pdf)
    ・・・
   ● 滋賀県観光情報 > スポット > 地蔵川(梅花藻)
   ● 滋賀県観光情報 > イベント > 梅花藻(ばいかも)ライトアップ


   
   
   
   
   
   
   
   
   
   ※ 170505 撮影 : 醒ヶ井・地蔵川


なぜこんなにも澄んだ流れなんだろうか?
実は集落内の加茂神社の袂にある 「居醒の清水」 から湧水なのだ。
 ・・・
とは言え、川沿いに立ち並ぶ家々を直に見ると人々の努力をひしひしと感じる。
景観や環境の美しさは人あってのものであることを痛感するのはこういう時だ。

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ここは小さな集落だけれど、例えば相応の市街地の中にこの 「地蔵川」 が出現したらどうなるだろう。
 ・・・
これぞオアシス。水の力。のんびり、ゆったり、コーヒーを飲みたくなったのは私だけだろうか?


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Posted by Kashiwa★da at 16:00 | Comments(0) | Photo / 島津荘水流百景
 



2017年06月02日

島津荘水流百景-011 / 神柱公園2


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



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 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 年見川に架かる橋上から。左手奥が神柱宮。


前回記事で紹介した親水空間が写真中央に見えている。両岸を繋ぐものは何もない。
向かい側に行くにはこの橋しかない。

   再び思うに、飛び石でも吊り橋でも何かあれば面白いのにな。

撮影したこの場所は年見川に架かる橋の上で、写真の左手奥が神柱宮である。
神柱宮そのものは左程広い境内を持つわけではない為、この参道替わりの道の役割は大きい。

   おそらくは市道であろう。

そして、この疑似参道と年見川に絡み合わせて公園が一体整備されていると言うわけだ。
加えて、北側にできた文化ホールも公園と動線が繋がるように整備されたことが判る。

 ● 都城市公式HP > ・・・> 公園 > 神柱公園

   
   ※ 上記ページ内にある公園施設案内図:クリックで当該ページを開きます。※pdf ファイル


ただ惜しむらくは、この疑似参道が参道として生きているかと言えば必ずしもそうではないこと。
現状は 「車の車による車のための空間」 の性格が強いように思える。実はずっと昔からだが。

   写真、施設案内図からも見て取れるが、車道と駐車スペースによって公園が分断されている感が強い。

この空間が 「車の車による車のための空間」 から抜け出した時、神柱公園は大化けするだろう。
いやなに、この疑似参道、そもそもの意味付け・思いは施設案内図にちゃんと答が書いてある。
 ・・・
わざわざ矢印表記:⇔を描き入れて 「中央ゲート」 とあるのが判るだろうか。
公園の入口部にはそれぞれ駐車場が整備され、歩車分離の配慮も伺える。

   時には台数の問題はあるだろう。必要に応じて開放する柔軟性は求められる。

「中央ゲート」 の意味は曖昧だが、少なくとも車道と駐車だけの空間とは考えていなかっただろう。

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仮に、この 「中央ゲート」 が参道らしい参道になったとする。緑に囲まれた人のための道である。
親水場の川面には飛び石が置かれ、その頭上には吊り橋で公演が繋がっている。

これだけで神柱宮のみならず公園の雰囲気ががらりと変わる。人の活動も多様になる。・・・はず。


 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 渡れたらねぇ。右奥に疑似参道に架かる橋。


記憶の中ではずっと神柱公園は桜に包まれていたのだが、違っていた。
えぇ、そうだったっけ?ずっと長い間、記憶の中で勝手に勘違いしていた。

 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 南側子供広場、奥に桜が見える。


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Posted by Kashiwa★da at 16:00 | Comments(0) | Photo / 島津荘水流百景
 



2017年05月19日

島津荘水流百景-010 / 神柱公園1


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



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 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 公園と年見川を繋ぐ階段と河岸の平場。


市の中心部に鎮座する神柱宮の膝元にあり、市民の利用も多い公園である。

   子供の頃は公園西側にある池で貸ボートが漕げたが、今はその面影はない。

神柱宮は明治6年にこの場所に移されたと言うが、
公園自体は昭和10年の地図にはまだ影も形もない処をみると、設置はずっと後のようだ。
 ・・・
もともと都市内緑地公園というよりグラウンド公園の性格が強く、今は催事利用も多いようだ。
また北に総合文化センターが隣接して作られたので、利用形態も多種多様なことが伺われる。


   
   ※クリックで拡大 「 700*960 」 ©国土地理院&©goo地図 : もちろん1974年には既に公園がある。


昔のボートの代わりでもなかろうが、公園内を横切る年見川が親水空間として整備されている。

 ● 年見川プロムナード整備事業(宮崎県) - 九州地方計画協会

私は都城を長い間離れていたので全く知らなかったが、平成14年度完成とのことである。
既に15年近くも経っていることになる。

   もう市民には目新しさなんてどっかに行っちゃってるんだろうか。
   ウキウキと写真なんぞ撮っているのは私ぐらいのもんかもしれない!(笑)


以前に触れた 「 都城東公園 」 をはじめ、市内河川の維持管理が半ば放置状態で堪らなく残念だが、
さすがに公園と接しているこの親水護岸は日々の手入れがされているようでちょっと救われる。


 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 南側の公園に作られている河岸階段から。


ここの面白さは両岸整備ですり鉢型にぎゅっと空間を閉じ、ここだけの気配を創ったことにある。
なのに、ここには両岸を結ぶ飛び石がない。行き来ができれば、水ともより親しめるはずだ。
 ・・・
それは川上に施されたちょっと仕掛けに気付いた時に確信になった。いや実にに勿体無い。
そのちょっとした仕掛けというのが、この落差工。


 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 川上に設けられている落差工。


本来機能工学的に施工されるものだろうが、こうやって公園内に設けられると親しみが増すことが判る。
 ・・・
ちっちゃな滝だけど、見れば見るほどこの親水空間のアイストップ的な存在とも言える。
例えば流れ落ちる水の後ろからライトアップでもされていれば、公園に夜の魅力も加わる。

その光る滝を、川の中心に立って正面から見てみたい。


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Posted by Kashiwa★da at 16:00 | Comments(0) | Photo / 島津荘水流百景
 



2017年04月21日

島津荘水流百景-009 / 八幡町


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



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     ※クリックで拡大 「 800*1200 」 : 暗渠になっても植生は水際っぽい


前回記事で、町中では見なくなった道際の水路が一万城町ではまだ残っていた旨を記した。
今回は、その町中で殆ど消えてしまった水路の痕跡として八幡町を取り上げたい。

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さて冒頭前文にも記した 「 幕末の道 」 に、江戸期都城の幹線路だった 「 高岡筋往還 」 がある。

   ・今の中央通り ~ 広口から西駅方面へ(ゆずり葉通) ~ 南に曲がり西町方面へ
   ・言換えると、国道10号~(広口)~県道31号


その中で現在の道路状況と最も異なり注意を要するのが、八幡町を南北に走る道だ。
今の幹線である県道31号より一本西の鉄道寄りを走る道になる。

   この道が都城の幹線だったとは全く知る由もなかったし、またこれまで想像さえもしなかった。
   県道31号の陰に隠れてしまったからだが、おそらく殆どの市民も知らないのではないか。
   それほどちょっと取り残された一角のように思われる。


すっかり寂れた様子が悲しいが、道際に暗渠化された水路が走っていることが判る。
おそらく江戸期に幹線であったこの道にはサラサラと水の流れが沿っていたことだろう。
 ・・・
水の流れと緑に溢れていたであろう道を想像するのは楽しい。


    
     ※クリックで拡大 「 800*1200 」 : 旧高岡筋往還に残る水路は道沿いずっと暗渠に


町中の至る処が区画整理された都城にあって、昔から残るこのような道は貴重な存在だ。

   或る意味、陰に隠れてしまったことが幸いに転ずるかもしれない。

暗渠にされた水路が古の姿を取り戻し、歩行者に優しい道として生き返ることは難しいだろうか?
すぐそこには西駅。その西駅前広場から八幡西交差点までは350m、丁度よい具合の距離だ。

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元々は都城の幹線だった道であり、数少ない生残りの道でもある。
再生されるべきはこのような道だろう。もちろん、水の流れとそこに寄り添う緑と共に。


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Posted by Kashiwa★da at 16:00 | Comments(0) | Photo / 島津荘水流百景
 



2017年04月14日

島津荘水流百景-008 / 一万城町


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



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     ※クリックで拡大 「 800*1200 」 : 柳河原川に注ぎ込む別の流れ


不思議なことに姫城川も柳河原川も三股では姿が見えず、都城に入ると突如として川が出現する。
これはいったいどういうことなのだろう? 今のところ、全くお手上げだ。

   ググってもさっぱり不明だし、1974年航空写真も確認してみたが、やはり同様で三股に川の姿はない。
   どちらもいきなり数mの堀で川が始まっているので、三股の地表下に水の流れがあるのは確実だが。
    ・・・
   尚、年見川については地図上でも三股樺山まで流れを遡れる。


下司の勘繰りだけれど、日常の水量の少なさはこの辺りに理由がありそうだ。

   都城の市街地三川の日常水量の少なさについては、これまでの記事内で何度か触れている。

ところが、姫城川の醜い惨状に比べ、柳河原川の見せる光景はそれほどでもない。
私にはこれも不思議ポイントの一つであったが、一万城まで歩いてみて納得した。

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都城に入って川が姿を現す地点での水量は双方の川共にチョロチョロで左程変わらないのだが、
柳河原川では途中でかなりの量の水が流れ込んでいるポイントを見つけたのである。
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上の写真がそれ。

   つまり、柳河原川はここでそこそこの水量を確保していたということなのかな。
   それでも、ここまでも姫城川ほど汚いという印象はなかった。これも不思議と言えば不思議。


また、この水流の元を辿っていくと、三股から繋がる流れであるようだ。


 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 道際の流れは、昔はあちこちで見られた。


昔は町中にこのような水路をよく見たものだが、いつの間にか暗渠なり取り壊されたりで姿を消した。
一万城でまだこの様に残っているのを見つけて懐かしくもあり、嬉しくもある。

   ここでも半分近くは暗渠化されていたけれど。

できれば水際に緑が欲しい処ではあるけれど、そこまでは欲張りか。そうだよな、欲張りだよなぁ。


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Posted by Kashiwa★da at 16:00 | Comments(0) | Photo / 島津荘水流百景