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2013年06月10日

5-2 商店街は大人だけのものじゃない

     -  おことわり
     -  ※前回記事を「雑記」でアップしましたが、
     -      内容を鑑み今回を含め「Vision」カテゴリーへ変更します。 ○ 5-1 「DASH海岸」 に 「街づくり」 を想う


私たちが 「 商店街の賑わい 」 を想うときに非常に困った観念に囚われてしまうことがあります。

今賑わっている商店街を眺めるとき、或いは今やシャッター街の昔日の賑わいを思い返すとき、
大人だけがそれらの空間を楽しんでいる、或いは楽しんでいたと考えがち なのです。

街の再生を願うならば、凝り固まった観念をひとつひとつ解きほぐしていかねばなりません。

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ところで、私は小学校が 「南小」、中学校が 「姫城中」 でした。

  - 中央通り近辺の学区が、当時は中町、蔵原町は南小、上町が明道小で、中学では双方が姫城中でした。
  - 牟田町には友人宅の記憶が全くないので多分大王小の学区だったんでしょうかね。

中央通りや中町辺りの友人宅は、現在御覧のとおりですから見事にきれいサッパリとなくなってしまいました。

  - しばし物思いに耽っていたら、昔の記憶が引っ切り無しに蘇ってきます。
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  - 「上町公民館」のある場所には小学生時代図書館だったのを思い出す。結構通ったちっちゃな木造2階建。
  - 向かいの小児科医院さんにも学校に上がる前にはよくお世話になっていた。
  - 待合室の壁に4×5列だったか5×5列だったか「便のサンプル」が掛けてあったのが未だに頭から消えません。
  - 中学時代、中央通りの郵便局向かいにあった加根又は欲しかったラジオを触りに日参、次はナガトモへ。
  - 大丸の裏通りにはまだ映画館が残っていて、板のはずれた横壁から陽の差す階段を上り、
  - こっそりと禁止されていた映画鑑賞。映画は 「小さな恋のメロディ」 です。
  - 高校入ってすぐの 「燃えよドラゴン」 もここだったかな。
  - 合同庁舎の場所にあった田中書店、発売されているはずの 「FMfan ありますか?」 と尋ねたら、
  - まだ若いお姉さんが 「SMfan」 を見つけてきてくれました。
  - 高校になって、初めて買ったギターが、これも大丸裏向かいにあった楽器屋さん。
  - 入って右の楽譜棚で「S&G」を買いました。今も手元にあるんどよね、これが。
  - レコード買うときは西村楽器店。ここにないときは広口から南に行った処のおばちゃんがやってたレコード屋。
  - そういえば、小さな輸入盤屋さんも広口や加根又横辺りにあって顔を覚えてもらったり。
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  - 友人達はどこに引っ越しちゃったんだろう?

断言します。 私の知っている 中央通りは大人だけのものじゃありませんでした



   
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■ 昔はどこでだって「かくれんぼ」をしていた。

 私は都城で育ちました。小学生だった頃は大丸近くの同級生の家近辺でよく「かくれんぼ」をしたものでした。隠れる場所には困らない、往来も多い、話し掛けてくるおじさんおばさんは体よくあしらわないといけない、今思うと実に恵まれた空間に生きていたものです。街は遊び場でした。

 現代っ子はかわいそうです。あの面白さを一生知らないまま過すのです。「あれはだめ、これはだめ、そんなことしちゃだめ」で満足に息もさせてもらえません。子供にとって、街という空間はどんどん縮んでいってしまいました。もうこれは大人の一方的な勝手でしかありません。

 見渡して、今の日本のどこかに「かくれんぼ」のできる街はあるでしょうか?アッという間に全国から消えてしまいました。

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 モノを買うところ、飲食をするところという視点ばかりに囚われてしまうと、商店街が本来持っていた魅力の半分も引き出せないでしょう。

 シャッター街ですか?子供だったら最高の遊び場へと変質させられる可能性があります。街を子供に開放しましょう。商店街を子供に開放しましょう。下りているシャッターは開け放して隠れ場を作ってあげましょう。これ以上はない位の隠れ場を。放課後の街は子供たちのパラダイス。そこがいつしかお店になったとしても、子供は文句なんか言いやしません。

※ 撃沈(笑)某市商店街活性化提出レポートより

      - ※ 上記レポートの下段部の内容については、先のこの記事にて書いています。
      -   ○ 2-10「大丸跡地」再考:ロバート・ザイオンを知っていますか?


う~ん、今の都城の小学生は、中学生は、高校生は街のどこをうろついているのでしょうか?
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嬉しいことに都城市の 人口動態 を見ますと、今ならまだ間に合うよう に思えます。
 都城! やるなら、今でしょ!

  - 今ならまだ間に合いそうです。 是非彼らに楽しみを提供する準備を始めてください。
  - 大人だけを見て青写真を描いても、それは片手落ちなのです。

将来の都城子供達が活き活きと動き回り喜ぶ街 であってほしいと切に願います。
ちなみに、今潤っている商店街は少なくとも15年前には既に改革に動き始めていました。
早ければ早いに越したことはありません。

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そこで、これまで記したことをバシッと一文にしてみます。
真面目です。はい、その目一杯のハッタリもかました 都城再生ビジョン です。

★ 都城のまん中を 「 裏ディズニーランド 」 にする! 

  もちろん、ミッキーもいなけりゃミニーもいません。
  「カリブの海賊」もなけりゃ「ジャングルクルーズ」もありません。
  「シンデレラ城」も建ってなけりゃ、「ビッグサンダー・マウンテン」も走ってません。

でも、子供が楽しめる 「アトラクション」 なんて一杯あったでしょ。 子供のときの記憶を辿ってください。

子供達がワクワクできる街は絶対できます。 知恵は皆で搾らなきゃいけません。私はもち、信じてます。

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都城ならやれる!まだ間に合う。都城ならやれる!まだ間に合う。都城ならやれる!まだ間に合う。・・・
都城ならやれる!まだ間に合う。都城ならやれる!まだ間に合う。都城ならやれる!まだ間に合う。・・・


 

 



2013年06月08日

5-1 「DASH海岸」 に 「街づくり」 を想う

     -  おことわり
     -  
     -  ※一昨日に「雑記」でアップしましたが、内容的な相応しさから「Vision」へカテゴリー変更します。

皆さんは 「DASH海岸」 をご存知だろうか?
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ヘドロが溜まり魚も住まなくなった小さな一港湾を 本来の江戸前の海に戻そう、というTV番組である。


   
   クリックで当該サイトへ


ヘドロだらけの海だから、いきなりそこにスズキやアジ、或いはカレイ、アナゴを直に放つようなことはしません。

  - おそらく100人中100人が、そんなことはしないはず。
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  - ところが、悲しいかなほとんどの街の再生事業がその手法に頼った挙句、
  - 姿 (結果) を求めるあまり、「 お魚 」 をそのまんま街の中に放り込んでは霧散してアレッ?
  - という行動を繰り返してしまったように見える。

でも、どにだって例外はあるわけで、それが例えば 「 水族館 」 なんか。

  - でっかいジンベイザメやエイなんかが水槽の中で悠々自適に泳いでいるから驚き、目は点になる。

但しそこは極めて大きな条件が付くわけで、 即ち 「 絶え間ないメンテナンス 」 が必須なこと。
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確かなメンテナンスを提供できるならば、「 お魚 」 は生き生きと泳ぎ回ってもいられますが、
それをできない処が同じやり方を真似ても、「 お魚 」 は全滅ってことになる。 と言うか、なったのだから言葉がない。

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ところで、「 DASH村 」 の場所はあの不幸な原発事故があるまでずっと秘密だったけれど、
「 DASH海岸 」 はなんと検索一発目に出てきてビックリ。

  - ほぼ川崎と言っていい横浜の際。

巾は40mほど、沖に埋立島もあって東京湾までは何と4km、のコンクリートで横っ腹を固められた 「 DASH海岸 」、
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最初の仕事は、最奥部への砂入れでした。


   
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  砂を入れて作られた人工干潟には東京湾からゴカイやアサリの幼生が流れ着き着底し、
  またボラやクサフグの稚魚やコトヒキの姿がチラホラと見られるようになります。

  そして赤潮対策のために筏を組んで浄化力を持つムール貝入りの網を吊るしたり、
  魚のエサとなるエビの棲み処として竹箒を沈めたりと手は加えられていきます。

  その後も青潮が発生したために、・・・ 限がないので以下、詳細はサイトの「放送内容」へどうぞ。


いやぁ、面白い。 すべきことのものごとがハッキリしている。
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繰り返すけれど、眼の前の海にアサリの幼生やボラの稚魚やエビを放つわけではないんです。
順を追って、彼らがやってきて棲みついてくれるような 「 床 」 を作る ことに注力するだけ。

しかし、だからこそ、そこに 生態系が再構築 されていくことがわかります。 

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ついでに、もう一つ話を付け加えておきたい。 と言うのは、・・・
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先週たまたま会った人が スクラントン という街の出身とのことで、どんな処かな?と Google マップ。


   
   大きな地図で見る


これぞ、どアメリカ!な典型的アメリカン・シティのようです。

  - アメリカの街は、土地の起伏に関係なく平面上にドサッと碁盤目(グリッド)を被せて町を作る。
  - だから、サンフランシスコなどを思い浮かべるとわかりやすいけれど、起伏おかまいなしで坂道が多い。

○ スクラントン (ペンシルベニア州) - Wikipedia

戦前には、炭鉱の街、鉄鋼の街、絹織物の街として栄えたようですが、戦後は衰退し人口も半減したみたいです。
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スクラントンの街を Google ビューで暫しの間見て廻ったんだけれど、
モータリゼーションに合せた 碁盤目街区は一度衰えると劣化スピードが半端ないな! と痛感。

  - ヒューマン・スケールの欠如。 栄えている時にはその欠点に気付かない。
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  - まるで護岸をコンクリートで固めてしまった河川みたい、が一番わかりやすい説明かもしれない。

おそらくスクラントンも地場産業が街景にも溢れていた時は賑やかだったんだろうなぁとは思うのだけれど。
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さて、日本の地方都市の区画整理もほぼ碁盤目(グリッド)でやられちまいました。

  - 震災で壊れた神戸の再生区画整理地も見に行きましたが、私は再び歩きまわることはないでしょう。

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そのスクラントンを Google ビューでちょろちょろと覗きつつ、他の街の様子も思い浮かべながら、つらつら思うに、
街を歩いていてもその町の産業が見えてこない処って魅力に欠けるなぁ!と。

  - 他所の人間ほどその辺敏感なのかもしれません。

とすると、どん詰まりで酸欠状態の今、街つくりに求められていること は、

★ その町ならではの 「 地場の産業 」 が棲みついてくれるような 「 床 」 つくり

な動きなんじゃないのかなぁ、と思えるのです。

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ワークショップなんかやれれば面白い展望が開けるかもしれませんよねぇ。