太陽光発電でECO



2013年07月18日

2-12 「路地空間」を創出したSC、喪失した商店街 no弐

no壱では、土地の効率化偏重によって旧来商店街が 「路地空間」 を喪失してしまったことを述べました。

 ○ 2-11 「路地空間」を創出したSC、喪失した商店街 no壱

・・・・・・
・・・・・・

さて、人がいなくなってしまった日本の地方都市の中心市街地を考える時に、
その 「路地空間」 の構造的な要素を押えておくことも無駄ではないと思います。
・・・
私なりの視点は次の3点です。

その1 ● 「路地空間」 の心地よさ を探れば、その 「ヒューマンスケール」 こそが鍵です。

くどくどと説明するのも野暮。最適の説明図を芦原義信氏の著作から拾い出してみます。


  
    クリックで拡大:1500*1030pxl


人は 心地よいと感じるテリトリースペースがある ことが知られていますし、
広大な空間にポツンと置かれるよりも 包まれている空間に安らぎを得る ことも知られています。
・・・
「 車 」 は、装置として人を包み込むという特徴を有していることで私たちにその自覚を促してくれますが、
街空間での存在においては、そこで人のテリトリースペースの観念は消滅しています。
もはや、知ったこっちゃない。関係ねぇだろなのですね。

  - 「 車 」 に合わせた街空間の無常さはそこにあります。
  - 「 車 」 が及ぼすスペースへの関与はただ物理的な規定優先の設計がなされているだけです。
  - ・・・
  - 私が初めてコルビュジェの輝く都市の画を見た時に嫌悪感を抱いたのは正しくそれが理由でした。
  -  ○ Google 画像検索 - コルビュジェ 輝く都市

「 人 」 は 「 車 」 から街を取り戻さなければなりません。

・・・

その2 ● 相対しつつも共生関係 にある 「 路地 ⇔ 建物群 」 の構造 (構成関係 )です。

これは 「図と地」 の関係と言い換えても差し支えないでしょう。

  - この関係は日本人にはわかりやすいと思います。
  - ・・・
  - 日本画における 「図と地」 の構造(構成関係)を思い起こしてください。
  - 図(建物)と地(路)に主従の関係はありません。一方がなくなれば他方もなくなってしまう関係です。

再び、上で紹介した芦原氏著作から拾い出してみます。


  
    クリックで拡大:1500*1030pxl


  - 「図と地」 で検索を掛けるとこの図がやたらと出てきます。笑いました。

ヨーロッパの街に建つ建物は壁一枚を隔てるだけで 「 屋外⇔屋内 」 が造られている、の説明です。

  - 一方に架けられている屋根を他方へ移し変えれば直ぐに立場が逆転する、の画が別ページにあります。

片や、日本は敷地の周辺を残した形で建物を建てるために上記の関係が成立しない、の図です。
路と敷地を隔てているものは、塀です。

  - 日本建築は庭、または玄関に至る前庭を欲したと言えるかもしれません。

ただし日本でも町家等で造られた街はヨーロッパのそれと同様なことは頭に入れておいて下さい。
・・・
「 屋外⇔屋内 」 を形作るこの 一本の線の境界域に 「 人 」 が棲息できていたのが商店街 でした。

・・・

その3 ● 歯抜けを回避 する 「 建物の連続性 」 への意識。

  - その2の延長線にあるともいえますが、日本の現状を見る限り一要素として捉えたいと思えるので。

次の写真に写る街並みを見てください。


  
    クリックで拡大:1500*1030pxl


祇園石段下とあります。明治初期の京都は八坂神社から四条通を眺めた写真ですね。

  - 現在の様子はこちらで。 ○ Google 画像検索 - 八坂神社 四条通

現在の街はポツポツと更地化していっても道路境界の線が地面に打たれていますから、
不自然ながらも一見 「 路地 ⇔ 建物群 」 の関係は保たれてしまいます。
・・・
然しながら、本来あるべき姿は歯抜けなく建物が連続していることで路はその形を担保されるものなのです。
即ち、街の 「 図と地 」 は連続する建物群によって成立していたと言えます。

  - 上の四条通の情景はそのことを如実に物語っています。

130~40年前の写真を見て、改めて 「 連続する図 」 が 「 地 」 を創造 していたことに気付きます。

・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・
・・・・・・

またまた長くなりそうなので、続きは no参 に廻すことにします。
・・・
記事中に出した本は以下に記しておきますので興味ある方はどうぞ。

街並みの美学 (岩波現代文庫)
街並みの美学 (岩波現代文庫)芦原 義信岩波書店  2001-04-16売り上げランキング : 18968Amazonで詳しく見るby G-Tools関連商品続・街並みの美学 (岩波現代文庫)まちづくりと景観 (岩波新書)見えがくれする都市―江戸から東京へ (SD選書)都市のイメージ 新装版美しい都市・醜い都市―現代景観論 (中公新書ラクレ)


幕末・維新彩色の京都
幕末・維新彩色の京都白幡 洋三郎京都新聞出版センター 2004-03売り上げランキング : 193480Amazonで詳しく見るby G-Tools関連商品写真で見る江戸東京 (とんぼの本)写真で見る京都今昔 (とんぼの本)京都時代MAP 幕末・維新編 (Time trip map)レンズが撮らえた幕末の日本レンズが撮らえた幕末明治日本紀行

 

Posted by Kashiwa★da at 09:00 | Comments(0) | Analysis / 現状考察
 



2013年06月26日

2-11 「路地空間」を創出したSC、喪失した商店街 no壱

大手スーパーの店舗と言えども、 80年代までは商店街の一画に出店されるものでした。

・・・・・・
・・・・・・

しかしながら、時代がバブルとなり始めた頃から出店場所並びに店舗形態に変化が訪れます。
車社会が加速 していました。それにつれて、SCもその施設形態を変容させていくことは既に必定でした。

  - アメリカで誕生しだした新形態 SC(Shopping Center)、アメリカをお手本に再びお勉強です。
  - 巨大モール化SC、倉庫型SC,更にはパワーセンターetc
  - ・・・
  - 倉庫型SCは日本に根付きませんでしたが、モール化SCやパワーセンター はその後の本流となります。

また、偶然か必然かは論を譲るとして、時を一にして 商売の形が徐々に 「床貸し」 へと移行 していきます。
特に百貨店の変化は顕著でしたが、全フロア 「床貸し」 の大型商業店舗も増えていきました。

  - 街中の大型商業施設の多くは、区画整理や小中学校の廃校跡地事業等での再開発事業によるもの。
駐車場を片手に 郊外に移転し始めたSC や 街中に出現し始めた大型商業施設 において、
それらの 開発企画書 には必ず 路地空間の創造 の一節が盛り込まれたのです。

  - 商業施設のプランニングにおいて、そのコンセプトは言わばお約束でした。
  - なぜならば、小さくてもいいから建物の中に 「商店街」 を作りたかったからです。

什器を並べるだけの従来売り場 「通路」 ではなく、一つ一つの店が顔を持てる 「路」 が求められます。
百貨店やSCでも自社販売フロアとテナントフロアでは区画割り・什器配列等が違います。
・・・
’90年代以降に大きく転換していく商業施設を決定付ける要素の一つが、
「商店街」 の持つ 「歩き回る心地よさ」どうプランニングに反映させるか、だったとも言えます。

  - 例えば、名古屋空港 「Centrair : セントレア 」 のショップ・フロア 「ちょうちん横丁」 なんかも、



   
   クリックで、当該 Google検索ページ へ




片や、本来の 「商店街」 は、店が一店一店と閉じる毎に「店」だけではなく 「路」をも喪失 していきます。

  - 求められて作られた駐車場もが、配慮の無い配置計画によって 「路」 の喪失に拍車を掛けたようです。
  - なんとも皮肉な結果です。 「歌を忘れたカナリア」 と言っていいかもしれません。

そうなった経緯には様々な理由が考えられるでしょう。
・・・
一つには既に述べた 「モータリゼーション:車社会」 へ大きく転換した社会構造がありますし、
二つには 「景観保全・創造」 への配慮が希薄 であったことも一因と考えられます。

  - 例えば、ワルシャワなどは先の大戦で街の中心部がほとんどを破壊されましたが、
  - 以前の街並みを修復すべく戦後の数十年が費やされました。
  - ・・・
  - どちらが善かは判断が困難ですが、日本とは対局の価値観があることは確かなようです。



    
     ワルシャワ歴史地区   クリックで当該 Google Mapsページ へ




更に、何故それらの気運がこの日本社会に定着したかを問うていけば、
「土地の有効活用」 が最も優先された結果 であると言えるかもしれません。

  - 「有効活用」 は、「効率性」 と言い換えればわかりやすいでしょう。

この時、「土地の効率性」 に大きく関与するものが 「法律」 です。
・・・
以前建築物の形を決定するものはその地の材料であると記したかもしれませんが、実はそれだけではなく、
いや都市にあってはそれ以上かもで、行政による法規制や税制の影響が大きいのです。

  - 間口税とか開口税とか聞いたことがおありだと思います。
  - 間口が広いほど、或いは道に面した開口が大きいほど税金が高かったって言う税制。
  - ・・・
  - 他にも、例えば石積みの三角お屋根で有名なイタリアのアルベロベッロなんて、
  - お役人が来る時に屋根を取っ払って 「ほら、これは家じゃねぇだろ」 ってことであの屋根なのだそうで。
  - 
  -
  -  
  -   クリックで、当該 Google検索ページ へ




影響を及ぼす法は 「都市計画法」 と、やはり 「建築基準法」 です。

全ての土地(敷地)は都市計画法によって用途地域の指定がされますけれども、
その用途地域による 建蔽率、容積率 の上限設定と共に大きな制約となるものに 斜線制限 があります。
  - 道路斜線、隣地斜線、そして住居系地域では北側斜線など。

時代はますます 「土地の効率性」 を求めましたから、
壁面セットバック による緩和、また近年には 天空率 による緩和規定等、基準法改定が継接ぎされています。
・・・
もう 「前面道路の幅員」 の及ぼす斜線制限がどう土地効率に関わってくるか がおわかりになるでしょう。

  - 前面道路が広ければ広いほど、より採算のとれる計画を作りやすくなりますし、
  - 何よりも法的効率性が担保されれば地価にも反映されることとなるわけです。

果たして、至る所で区画整理が遂行されました。

  - いえ、勿論・・・防災等の災害対策とか緊急車両の通行とか雑多な理由はあるんですけどね。


・・・・・・
・・・・・・


しかしながら建築基準法による形態操作は 「土地の効率性」 を担保した代わりに、
「街並み」 並びに 「路」 を、更には 「地縁」 までもを破壊 してしまったことを忘れてはなりません。
・・・
また、これが重要ですが、建築基準法による形態操作で満足、納得できる 「街」 を形成できる場所は、
少なくとも県庁所在地規模の都市の中心商業地に限定されるように感じます。

  - 中心商業地から外れたら既にアウトです。
  - 上で記したような自分勝手に増殖していくだけの雑然とした「街」を作り出します。

況してや、過疎化を心配せねばならない地方都市では 「土地の効率性」 自体が放棄されている状況です。

「都市計画法」 、「建築基準法」 による市街地形成はもちろん無視はしませんけれども、
それだけに頼らない 別軸の価値観を持ち込まなければ 「街」 の再生はありえない と考えます。


くどくどと書いてしまいましたが、ぶっちゃけ・・・

● チマチマと改正を重ねながら 「土地の効率性」 を追い求めてきた
                「建築基準法」 なんかに地方都市は踊らされるな!


     - 「建築基準法」 で良好な 「中心市街地」 を作れるのは、大都市だけだよ!

ってことです。


・・・・・・
・・・・・・


※ 別に書かなくてもいいとは思いましたが、SCの変遷には別の法律も絡んでいます ので追記です。

  当時、SCについては 「大店法」 の絡みから形は兎も角、立地や規模への影響が大でした。
  その 「大店法」 は時代であっち行きこっち行きと試行錯誤していますが、
  その辺はこのブログ内容とは直接関係しないので、簡単にでも知っておきたいと言う人はここらから。
  ○ まちづくり3法 - Wikipedia


・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・
・・・・・・


では、続きは次回に。
件の別軸として思考の 「路地空間」 の構造(構成関係)について具合的に詰められたらなぁと考えています。


 

Posted by Kashiwa★da at 09:00 | Comments(0) | Analysis / 現状考察
 



2013年05月27日

2-10「大丸跡地」再考:ロバート・ザイオンを知っていますか?

     -  おことわり
     -  
     -  「 都城まん中が公園 project 」 は、私 Kashiwa★da による個人的思索による街づくり計画案です。
     -  ・・・
     -  文章によるだけの概念的なものでは充分な伝達が困難だと考えますので、
     -  現実の都城の地理を利用して、私の欲する 「 都城 」 の将来の街景の絵を紡いでいきたいと思います。
     -  その為の手法として、規制をせず地図上のあらゆる敷地に勝手なプランを描くこと、
     -  この時に権利関係、法規関係、金銭関係等は無視してしまうことをお許し願いたいと存じます。
     -  
     -  読んで下さった方で、何か感じ考え思うこと等何でも教えて頂けると助かります。
     -  ※最終形が決まっている訳ではありません。その都度修正しつつ Version をアップしていく考えです。



各地の地方都市、どこへ出かけて行ってもかつての賑わいを感じることはできません。
帰省時にインターを下りてからの都城の街も同様で、いつもひどく落ち込んでしまいます。

  - かつての中央通りの賑わいが目に焼きついているだけに残念で仕方ありません。
  - しかしそんな郷愁なんて街の賑わいを取り戻すことには何の力にもならぬことは明らかです。

もう二度と記憶の中にあるあの街を再現することはないでしょうし、そのような試みもおそらく失敗するでしょう。
でも、異なった性格の賑わいを持つ街であれば創り出すことができるかも、なんてことは夢見ます。
・・・
そんなわけで、現在の都城の 街を異なった視点から眺めてみる必要がある だろうと考えたわけです。

怒らないでください。
長い間悶々としてようやく気付いたのは 街の埃っぽさ でした。

  - 道路沿線から潤いが消えてしまっているのです。

原因はいろいろと考えられます。

  建物が取り壊され更地となった土地やアスファルトで覆われてしまった駐車場、人の気配を亡くした家々。
  多用されているブロックやスレートなどのセメント系建材や、更には無人化したが故の長年の汚れ具合。
  色彩を失ってしまった灰色の街からは生気も失せましょう。それは道理です。

しかしながら、そのような為す術のない原因を探ったところで私自身まったく面白くありません。
・・・
と、年を追う毎に 街の中から 「 緑 」 が失われてしまっている 現実です。
それは 区画整理された街中心部 であからさまに顕在化しています。


   
   クリックで拡大:2890*1750pxl
  - goo地図 をキャプチャして利用、赤丸場所は旧大丸。
  - ・・・
  - 都城の航空写真を見るには goo地図 が最も実用的。Google は拡大写真なし、Yahoo は斜め見写真。
  - 自分で見たい人はこちらへ
 ○ goo地図 - 都城


個々の家々を見ていくと、区画整理をされていないところには「緑」が残されていることがわかります。

  - また遺憾なことに、使えるお金の問題でしょう、大都市ほど街中の緑は豊かなのです。
  - 街路樹、分離帯や歩道の植え込み、道路舗装等々絶えず人の手が入りますので当然といえば当然ですが。

ところで私が都城で過したのは’78年が最後でした。街は本当に賑やかで活気に満ちていました。
ええ、本来 賑わいそのものに 「緑」 の存在など必要ない のです。
・・・
が、「そこにあった営みが一つ、二つと抜けていった時はどうする?」 への問題はおざなりです。
そこに新たな営み、店であれば万々歳ですが、が埋まればよいのですがそうはいかないのです。

  - シャッター街化した地方都市にあっては過去の残像の延線上にはもはや答がないと考えねばなりません。
  - ・・・
  - 更には、区画整理をやってしまった地方都市で成功している街がないことは誠に腹立たしい現実です。
  - 通過交通車、云わば通り抜けしたい人に恩恵を与えただけのところが多すぎます。
  - 街は通り過ぎる車を眺めるための場所ではありません。

別のベクトル志向で街を創り出し、全く新たな街の像で潤い・活気を 勝ち得るべきと提案します。

  ・・・・・・
  ・・・・・・

  ・・・・・・
  ・・・・・・

御存知の方も多いでしょうが、
今年の年初に市は 「 都城市みどりと景観のまちづくり計画 」 の策定に向け市民の意見を求めていました。

  ○ 都城市みどりと景観のまちづくり計画(案)に対する意見募集の結果について
  - 残念ながら私は市民ではありませんので意見しておりません。

計画内容を拝見した限りでは、都市部での 「 風致地区 」 制度を発展させたもののように見受けられます。

  ○ 風致地区 - Wikipedia
  ○ 風致地区ってなに? [不動産売買の法律・制度] All About

大都市では高度成長期より街中の開発は元より周辺地域への過度のスプロール化開発が進みましたから、
残された自然環境を保護しようという気運が高まったわけです。

  - その多くは丘陵部です。歩けば 「風致地区」 の看板があるので規制地区であることが一目でわかります。
  - ・・・
  - 歯痒くも行政的に打てる手立てはこのような条例規制しかないでしょうが、
  - 結果的には厳しい規制を掛けられた地区は今や緑に包まれた高級住宅地となっています。

一方地方都市にあっては周囲が自然だらけですから、そういった意識が掛けていたのでしょう。
日本のほとんどの地方都市は都城の現状と何ら変わりません。似たような風景が拡がってしまいました。

  ・・・・・・

ですが 「 風致地区制度 」 はそのような現状を正面から打破できる制度ではありません。
結局は建築主、開発者、更には住人一人ひとりの意識の持ち様が鍵になるのだと感じます。

例えば小布施の町なんか散策すると、「緑」に対する意識の高さに感服せざるを得ません。

  - 私の学生時代には既にまちづくりが動き出していたと記憶します。30年前のことになります。

   
   大きな地図で見る



  ・・・・・・
  ・・・・・・

  ・・・・・・
  ・・・・・・

  ・・・・・・
  ・・・・・・

  ・・・・・・
  ・・・・・・


ロバート・ザイオン が、ニューヨークの小さな敷地にポケット・パークを設計したのは 1967年 のことでした。

 ○ Wikipedia - ペイリー・パーク
 ○ Google 画像検索 - Paley Park

   
   クリックで当該ページを開きます


無味乾燥なコンクリート・ジャングルと揶揄される摩天楼の中にちっぽけながらも 「 潤い 」 がもたらされたわけです。
今となっては珍しくともなんともないコンセプトですが、このペイリー・パークこそはポケットパークの先駆者でした。

  - 過去の延長線上志向に囚われていたならば、そこに新しい建物を建てようとしたでしょう。
  - その後、この画期的な試みはあらゆる都市で試みられることとなります。

但し、大都市に於いて有効だった手法が地方都市に於いても有効であるとは限りません。
何故ならば、ペイリーパークはその三方を壁で仕切り静謐で閉じた空間を提供することにその真髄があるからです。

  ・・・・・・
  ・・・・・・

だからと言って、地方都市でこのコンセプトが全く無意味かと言うとそうでもないと考えます。
閉じた空間を 「 開いた空間 」 へと変換 させればどうなるでしょう。
・・・
今、私が咄嗟に思い付く街に グラナダ があります。

  - グラナダと聞いてもピンと来ない? 「 アルハンブラ宮殿のある街 」 ではどうでしょう。
  - アルハンブラ宮殿は街の東にある丘陵部に建っています。

観光地的にはその足元にある白いパラソルがズラリと並ぶ ヌエバ広場 が有名ですが、
今回私の一押しはこちら、トリニダード広場 です。

  - プラタナスだと思いますが、一ブロックが 「緑」 の公園となっています。
  - その周囲は道を挟んでオーニングを掛けたカフェが 「緑」 に向かい合って建ち並んでいます。

今はグーグル・ビューがあるので便利になりました。是非覗いてみてください。

  - そんなもん、わざわざ覗くかよっ!の人のために、グーグル・ビューをキャプチャーしたものもアップします。
  - わざわざ覗くかよっ!の人はどうぞ。


   
   大きな地図で見る


   

   クリックで拡大:1900*3180pxl


ここには日本の 地方都市が失ってしまった街の 「潤い」 へのヒント があるように思います。

  - 特に区画整理をやってしまった街への。

この公園は自分が主になるというポジションにはありません。
・・・
まずは周りを活かすための存在、言わばバイ・プレイヤー的な役回りなのですが、
しかしお互いが向かい合う連携を高めて一空間として成立し、そのポテンシャルを増強している好例に思えます。

  - グーグル・ビューを見た人は、ついでに公園南西の角か南東の角から南に歩いてみてください。
  - 日本の地方都市から失われた素敵な商店街が楽しげに続いています。
  - ・・・
  - 「車」 の扱い方ひとつでどう街が成長していくのか、を考えずにはいられません。

  ・・・・・・
  ・・・・・・ 

ちなみに、公園の一辺の長さが大丸本館の奥行きの長さとほぼ同じ であることを申し添えておきます。
・・・
さて次回記事では、私の個人的な 「大丸跡地プラン ver.2」 を描こうと思います。

  - 「大丸跡地プラン ver.1」 はこれでした。
  -  ○ 4-4[仮想プラン] 旧大丸・寿屋に「食のホール」を埋込む
  -  ○ 4-10[仮想プラン] 炙る肉の匂いと煙で包む「食のホール」

 

Posted by Kashiwa★da at 00:00 | Comments(0) | Analysis / 現状考察