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島津荘水流百景-006 / 下長飯町

2017年03月31日


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



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 ※クリックで拡大 「 1200*800 」


これは前回記事で触れた平成22年豪雨の爪痕だろうか。萩原川での一景。

   遠方左手に 「 霧島:高千穂の峰 」 の姿が見えている。手前にさえぎる物などなく、である。
   この風景からでも、この盆地が如何に平べったい地勢かを窺い知ることができよう。


瓦礫や丸太クラスの流木はないものの、枝木や葦等はどう見てもどこからか流れて来た体である。
・・・
私が小学生時代には川幅いっぱいに水が流れていた萩原川も、
確か'70年代に入り護岸改修された後は見る見る内に水量が減り、川幅が狭くなったと記憶する。
それに伴い、葦などの草木に覆われた土地が出現し、そこに漂着物が溜まるという循環に思える。

   南小にまだプールがなかった頃は1km南の萩原川がプール代りであった。
   今から思えばそれほど水が綺麗だった印象もなくてよくもまぁだが、川幅一杯の水あってこそではある。
    ・・・
   ここに 1974年の航空写真があるが、既に川幅がかなり狭くなっている。これでは泳げない。

   
   ※クリックで拡大 「 1540*1460 」 ※上 ●現在・地図 下●1974・航空写真

   ご自分で検証したい方はこちらのリンクで。
   ● 国土地理院 はこちら - 左上「情報」クリックして、「空中写真:1974~1978」を選択



更に1974年の写真を見てもらえば、在りし日の 「 高木原用水路 」 を確認できる。
萩原川の上をコの字型 ( もちろん上が空いている ) のコンクリート橋が跨いでいた。写真から判るだろうか。
 ・・・
今は洪水時の排水路として姫城川名となり、萩原川に合流する形に再生されたようである。
写真ではのどかな河原が拡がって親しみやすそうなのだが、下りて行けるかというと、できない。

   まぁ 「 ここで遊んではいけません 」 の立札もあるくらいだから辻褄はあっているのだけれど、甚だ残念だ。 

 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 合流地点。右が萩原川、左が姫城川になる。

 ・・・・・・
 ・・・・・・

そんな中、河岸の一部にコンクリートで平場が作られている処があった。
引っかかりがないぶん漂流物も留まれなかったのか、ここには下りて行けるのが嬉しい。
 ・・・
最後に、最も川に近づくことのできたその写真をあげておきたい。

写真では現実より美化し過ぎの感が無きにしも非ずだが、これが萩原川だ!(笑)


 
 ※クリックで拡大 「 1200*800 」 : 上長飯町側から若葉町を見る


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