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島津荘水流百景-009 / 八幡町

2017年04月21日


     -  都城盆地、葉脈の如き数多くの水の流れでこの地の景が作られていたのではないか。
     -  私はそんな想いが日に日に増しています。
     -  
     -  その想いに至った理由については簡単ではあるけれど次の記事に記したので、宜しければどうぞ。
     -  ● <休憩一服> 都城の「幕末の道」を今の地図に落してみた
     -  
     -  ということで、都城を離れて数十年、時を失した感もありますが、
     -  ここ都城(島津荘)の街中で見られる水流の景色を少しづつでも記憶していきたいと思います。



    ● ● ●


    
     ※クリックで拡大 「 800*1200 」 : 暗渠になっても植生は水際っぽい


前回記事で、町中では見なくなった道際の水路が一万城町ではまだ残っていた旨を記した。
今回は、その町中で殆ど消えてしまった水路の痕跡として八幡町を取り上げたい。

 ・・・・・・

さて冒頭前文にも記した 「 幕末の道 」 に、江戸期都城の幹線路だった 「 高岡筋往還 」 がある。

   ・今の中央通り ~ 広口から西駅方面へ(ゆずり葉通) ~ 南に曲がり西町方面へ
   ・言換えると、国道10号~(広口)~県道31号


その中で現在の道路状況と最も異なり注意を要するのが、八幡町を南北に走る道だ。
今の幹線である県道31号より一本西の鉄道寄りを走る道になる。

   この道が都城の幹線だったとは全く知る由もなかったし、またこれまで想像さえもしなかった。
   県道31号の陰に隠れてしまったからだが、おそらく殆どの市民も知らないのではないか。
   それほどちょっと取り残された一角のように思われる。


すっかり寂れた様子が悲しいが、道際に暗渠化された水路が走っていることが判る。
おそらく江戸期に幹線であったこの道にはサラサラと水の流れが沿っていたことだろう。
 ・・・
水の流れと緑に溢れていたであろう道を想像するのは楽しい。


    
     ※クリックで拡大 「 800*1200 」 : 旧高岡筋往還に残る水路は道沿いずっと暗渠に


町中の至る処が区画整理された都城にあって、昔から残るこのような道は貴重な存在だ。

   或る意味、陰に隠れてしまったことが幸いに転ずるかもしれない。

暗渠にされた水路が古の姿を取り戻し、歩行者に優しい道として生き返ることは難しいだろうか?
すぐそこには西駅。その西駅前広場から八幡西交差点までは350m、丁度よい具合の距離だ。

 ・・・・・・
 ・・・・・・

元々は都城の幹線だった道であり、数少ない生残りの道でもある。
再生されるべきはこのような道だろう。もちろん、水の流れとそこに寄り添う緑と共に。


    ● ● ● 


    
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