3-2:都城の顔 「弓 - 竹」 -1
2011年09月07日
「 弓 」 と言えばそれが何の話題であったのか、
私が子供の頃からテレビの地方ニュースなどで度々取上げられていました。
近所の製作場の竹のカシャカシャと擦れる音を聞いていたからでしょう、強く記憶に残っています。
・・・
ですから、都城が 「 弓 」 の産地 であることの認識は少なからず持っていたわけなんですが、
何とその 生産量 (竹弓) の 実に 9割 をも占めているとは。 まったくこの独占ぶりには驚かされます。
クリックで当該サイトを開きます
○ 日本吉 nippon-kichi : 都城大弓 Miyakonojou-daikyu
宮崎県のHPにも紹介ページがありました。
○ 宮崎県の伝統的工芸品 : 武道具・伝統の技
・・・・・・
・・・・・・
そんな独占的一大産地ですから当然の如く機運が高まったのだろうと想像しますが、
昭和63年から 「 都城弓まつり 」 として 全国弓道大会 が開催されているとのこと。
- 今年が第24回大会。
- 私が都城を離れて十年以上経ってからの開催なので、残念ながら不知でした。
ちょうど桜の季節に 全国から2,500人あまりの人が集まる とのことですから、
都城の街がどうのような化学変化を起こしているのか興味の湧くところです。
クリックで当該サイトを開きます
○ 都城観光協会 : 観光瓦版3月号
クリックで当該サイトを開きます
○ 九州観光推進機構/九州旅ネット : 都城弓まつり 全国弓道大会(2011)
・・・・・・
・・・・・・
ところで、都城が何故これ程の 「 弓 」 の産地になったのでしょうか?
なんだかそこに ・・・ これからの都城の 街づくりのヒント があるような気もします。
「 都城弓製造業協同組合 」 のHPに次の記述がありました。
・・・ 都城地方は弓作りが盛んでしたが、明治時代に入って鹿児島県川内地区から、楠見善治が弓の材料を求めて、来住したことをきっかけとして、さらに発展しました。・・・
※ 上記、「 都城弓製造業協同組合 」 HP記事より引用
「 弓の材料を求めて、~ 」 の一文に目が留まります。
これは、この地が良質な竹に恵まれていた何よりの証かと考えます。
クリックで当該サイトを開きます
○ 都城弓製造業協同組合 > 都城大弓の歴史
HP内の 「 原材料の話 」 のページに、材料は 「 真竹 」 とあります。
しかし、私にはそれを想像できるような真竹の 竹林の景色 の記憶がとんとないのです。
- 三股とか安久に筍を貰いに行った記憶がかすかにあるくらい。
材料を確保するには竹林の整備はかなりしっかりとなされているものと考えます。
う~ん、「 真竹の竹林 」 は一体どこに 隠れているのでしょう?
・・・・・・
・・・・・・
いえいえ 「 真竹の竹林 」 だけでなく、
ここに 「都城の顔」の一つが隠れている 気がしてなりません。
- せっかく 「 弓 」 生産9割なんて素晴らしい特質を持っているというのに。
もったいない話です。
・・・ と、またまた話は長くなりそうなので、続きは次回に持ち越します。
Posted by Kashiwa★da at 08:00 | Comments(0)
| Identity Profile / 街 要素
私が子供の頃からテレビの地方ニュースなどで度々取上げられていました。
近所の製作場の竹のカシャカシャと擦れる音を聞いていたからでしょう、強く記憶に残っています。
・・・
ですから、都城が 「 弓 」 の産地 であることの認識は少なからず持っていたわけなんですが、
何とその 生産量 (竹弓) の 実に 9割 をも占めているとは。 まったくこの独占ぶりには驚かされます。

○ 日本吉 nippon-kichi : 都城大弓 Miyakonojou-daikyu
宮崎県のHPにも紹介ページがありました。
○ 宮崎県の伝統的工芸品 : 武道具・伝統の技
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そんな独占的一大産地ですから当然の如く機運が高まったのだろうと想像しますが、
昭和63年から 「 都城弓まつり 」 として 全国弓道大会 が開催されているとのこと。
- 今年が第24回大会。
- 私が都城を離れて十年以上経ってからの開催なので、残念ながら不知でした。
ちょうど桜の季節に 全国から2,500人あまりの人が集まる とのことですから、
都城の街がどうのような化学変化を起こしているのか興味の湧くところです。

○ 都城観光協会 : 観光瓦版3月号

○ 九州観光推進機構/九州旅ネット : 都城弓まつり 全国弓道大会(2011)
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ところで、都城が何故これ程の 「 弓 」 の産地になったのでしょうか?
なんだかそこに ・・・ これからの都城の 街づくりのヒント があるような気もします。
「 都城弓製造業協同組合 」 のHPに次の記述がありました。
・・・ 都城地方は弓作りが盛んでしたが、明治時代に入って鹿児島県川内地区から、楠見善治が弓の材料を求めて、来住したことをきっかけとして、さらに発展しました。・・・「 弓の材料を求めて、~ 」 の一文に目が留まります。
※ 上記、「 都城弓製造業協同組合 」 HP記事より引用
これは、この地が良質な竹に恵まれていた何よりの証かと考えます。

○ 都城弓製造業協同組合 > 都城大弓の歴史
HP内の 「 原材料の話 」 のページに、材料は 「 真竹 」 とあります。
しかし、私にはそれを想像できるような真竹の 竹林の景色 の記憶がとんとないのです。
- 三股とか安久に筍を貰いに行った記憶がかすかにあるくらい。
材料を確保するには竹林の整備はかなりしっかりとなされているものと考えます。
う~ん、「 真竹の竹林 」 は一体どこに 隠れているのでしょう?
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いえいえ 「 真竹の竹林 」 だけでなく、
ここに 「都城の顔」の一つが隠れている 気がしてなりません。
- せっかく 「 弓 」 生産9割なんて素晴らしい特質を持っているというのに。
もったいない話です。
・・・ と、またまた話は長くなりそうなので、続きは次回に持ち越します。